ぼちぼち、書こうと思います。
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家での生活

不登校になってからの生活について、少し書かせていただきます。前は、読書が好きで、勉強もせずに本ばかり読んでいるこどもでしたが、基本的には一日中寝ておりました。布団に入っているだけでなく、眠っているのです。なにもせずによく寝られるものだと思うくらい、ずーっと眠っておりました。

 

嫁がこどもの弁当を作ることを拒否していたため、毎朝わたしは6:30に起き、こどもが学校へ行くことを願ってこどもの分と自分の分、ふたりぶんのお弁当を作ります。そして、学校に行ける時間にこどもを起こして朝ごはんを食べさせ、学校に行くかどうかの確認をします。休むというので、学校へ欠席の連絡をして仕事に出かけるというのが、毎朝のわたしの日課になりました。まあ、わたしとしては、こどもが学校へいけるようになるための唯一出来ることが毎朝のお弁当づくりというつもりでした。

 

実は嫁がお弁当を作らなくなったのは、完全不登校になるよりも前でした。どういういきさつであったかは忘れましたが、登校するかどうかわからないこどものために、毎日お弁当を作ることが、耐えられなくなってしまったようです。わたしは一番最初にお弁当を作った時になぜか写真を撮っておこうと思い、完成後のお弁当の写真を撮りました。そして、お弁当を作ったら写真を撮るということも、お弁当づくりとともに毎朝の日課となりました。わたしは結局高校二年生の秋までお弁当を作り続けたのですが、さっき数えたら写真の数が383日分あり、我ながらよく作ったものだとびっくりしました。

 

こどもは、毎日昼まで寝ており、わたしが家にいるときは私が昼食の用意をしますが、いないときはわたしの作ったお弁当を家で食べていました。もうお気付きかと思いますが、それは嫁が家にいてもいなくてもです。この頃嫁は、こどものために自発的に何かするということが、ほとんどできなくなっていました。このため、わたしがいないときの晩ご飯は嫁が作ってくれますが、わたしが休みの日の嫁は、三食昼寝付きの生活を送っておりました。(つづく)

 

 

 

01:52 不登校 comments(0)
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